神田お玉ヶ池は知のテーマパークであった。佐久間象山の象山書院を探して。

2013/01/15

先日、大河ドラマ「八重の桜」を見ていて、佐久間象山カッコイイと思ったので、彼の跡を訪ねてみることにした。まずは勤務先近くの神田お玉が池から。

神田お玉ヶ池は北辰一刀流千葉周作の玄武館があったことで有名だが、その他にも佐久間象山の象山書院など名立たる学問所が軒を並べていた場所でもあった。「八重の桜」では、お玉ヶ池の象山書院ではなく、木挽町の五月塾であったが、佐久間象山が最初に私塾を開いたのがここお玉ヶ池だ。

とはいえ、お玉が池のどこに学問所があったのかは今では定かではなく、分かっているのは玄武館の跡ぐらいのものだ。

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実はお玉ヶ池は東大の発祥の地でもある。蘭学者たちが金を集めて、お玉が池種痘所を開設したのがこの地である。これが後の東大医学部である。そして木挽町に移転した象山書院の後継が慶應義塾である。

お玉ヶ池は当時の知のテーマパークであり、日本最初のユニバーシティであったのだ。もしかしたら、日本最初の大学は「お玉ヶ池大学」になっていたのかもしれない。通称「お玉大」…

まあ、それは良いとして、今回散策してみて自分が長いこと勘違いしていたことに気付いた。お玉ヶ池の周りに玄武館やら象山書院やらがぐるっと軒を並べている場所をイメージしていたのだが、どうやらそうではなさそうだ。幕末にお玉が池が埋め立てられたことは知っていたのだが、象山書院が出来る頃には既に埋め立てられており、当時池はなかったのだ。安政の頃の地図に既に池は描かれておらず、お玉ヶ池跡と書かれているのだ。

それにしても、神田お玉ヶ池はこれだけ名立たる学問所があった所としては研究されておらず非常にもったいない気がするのであった。

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